<BGSOUND SRC="itsuki.mid"> 百果是真味 固有の持ち味をいかに引き出すか

詠み人知らず


 果物には種固有の持ち味があり、真味をもっている。どの種類が美味しく、何がまずいと決めつけては果物にとって迷惑である。

 食べ頃を逸したり、食べる人の体調で、たまたま真味に出会えなかったのかも知れない。ただ、美味しい筈の果物も気候や土壌など、栽培環境に欠陥があれば、いかに名人が作っても持ち味を発揮できない。

 

くだものにはそれぞれの味がある

果物にはそれぞれに持ち味がある

 また、若採りでも真味は出ない。適地で優れた技術をもって育てられた果物も、樹上で完熟してはじめて真味を現す。
 収穫後、さらに追熟させることで、はじめて本来の美味を発揮する種類もある。後熟性という。

森のアイスクリーム チェリモヤ

追熟して世界の三大美果 チエリモヤ

 ところで一樹に実った果実も、自然の影響を大きくうけて味や熟度は必ずしも均一でない。
 だから、一つ一つ熟度を確かめながら順次収穫、より均質な果物として消費者に届くよう苦心する。

 固有の持ち味を、より高めるために品種を改良・更新し、栽培法を改良する。個々の果実品質を区分し、味を損なわない選果荷造りや輸送にも気心を配る。

 光センサーによる味選別機の開発で、糖度や酸味も自動選別が可能になったが、真味の選別には、まだ不十分である。真味は旨味だから、糖度や酸味だけでは定量し難い。


 「百果是真味」、どこの誰が詠んだかと探し求めてみたものの、私にはまだ作者はわからない。 ともあれ、これは果物だけをさすものでないことに気付かされる。
 人や動物はもとより、一木一草、黴や細菌にいたる万物万象にわたり、それぞれの持ち味を引き出して、真味・真価を称えよと示唆する作者の心が、かみしめるほどに伝わってくる。
 

 私の先輩・故本多瞬二氏(元和歌山県農政課果樹係長・県果樹専門技術員)は生前、次のように述べられている。

 「・・・百果之真味、真味という言葉はわかったようでわからない。これをよく具体的に示されたのは禅の大宗永平道元禅師の言葉である。曰く、天に道あり高清を以てす。地に道あり厚寧を以てす。人に道あり安穏を以てす。すなわち天の味、地の味、人の味、これ真味というなり(筆者の解釈)・・・」と。


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